CSRの先進事例から学ぶ -事業戦略の中心にSDGsを組み込む日立製作所の事例

カシオ計算機では、CSR 推進の先進事例を学び、自社の活動強化に役立てています。2019年度には、株式会社日立製作所のサステナビリティ推進本部企画部部長 増田典生氏をお迎えし、サステナビリティ推進部 木村則昭とのダイアログを行いました。社会課題の解決を目指す「社会イノベーション事業」を掲げ、SDGsへの貢献と経営を一体化させる同社に、そのマネジメント手法や取り組みにおける工夫、社内浸透などについて幅広くお話を伺いました。

左より株式会社日立製作所のサステナビリティ推進本部企画部部長 増田典生氏、サステナビリティ推進部 社会環境企画室 上席主幹 木村則昭の写真です。

サステナビリティを事業の中心に据えるための組織づくり

木村 まず始めに、あらためて御社におけるCSRの考え方や組織づくりについて伺えればと思います。2018年4月に、それまで「CSR・環境戦略本部」だった組織を「サステナビリティ推進本部」に名称変更されていますね。

増田氏 はい。当社では会長・社長のリードのもと、その前年の2017年4月に「サステナビリティ戦略会議」を発足しており、グループグローバルでサステナビリティ戦略の議論を本格化させてきました。1年を経て、経営そのものに直結する取り組み内容が名称と馴染まないということで部門名を改めました。それまでにも事業と連動したCSRを推進してきていますが、社内ではCSRというと環境美化や寄付などのイメージを持たれがちで、それを払拭したいという思いもありました。

木村 当社でも「CSRとは社会の持続可能性に貢献すること」という認識から、2017年に「CSR推進部」を「サステナビリティ推進部」へと変更し、より合目的的な部署名としました。2015年にSDGsが採択されて以降、サステナビリティという言葉は急速に市民権を得てきた感がありますね。
サステナビリティ戦略会議の立ち上げは、大きな流れとしてはトップダウンで進んだということでしょうか?

増田氏 そうですね。会長の強い意向があり、社長もそれに同意し、現場へと指示が出た形です。もともと会長は、自身が社長時代に社会イノベーション事業を提唱した際にも持続可能な社会の実現を掲げています。社会課題の解決を事業の真ん中に置いて取り組むのが社会イノベーション事業のコンセプトで、これはSDGsとも全くゴールを同じくするものです。
ただ2017年当時は、日立グループが社会への貢献を通して持続的に成長していくというビジョンが、まだ十分に描き切れていませんでした。まずは長期的な戦略策定が欠かせないということでスタートしたのがサステナビリティ戦略会議です。

木村 経営トップや事業部門長の方々が、そのメンバーになっていると伺っています。

増田氏 その通りです。サステナビリティ戦略会議は、通常の経営会議とは別にサステナビリティそのものを審議する場として始まっており、社長が議長を務め、各ビジネスユニット(BU)のトップや執行役員が参加します。
さらに、その下部組織の「サステナビリティ推進委員会」も今回新設したもので、各BUで事業を企画し、責任者として動かしていくメンバーをアサインしました。事業戦略の中核を担う事業企画の人たちで実務者会議を行うことで、事業とサステナビリティの融合を狙いました。

木村 徹底してマネジメント体制を築かれてきたのだと思います。一般的には、企業のサステナビリティ推進は担当部門が必要性を感じて役員へ働きかけていくケースが多いように感じており、御社の場合はトップダウンでそれが進んだという点で希少な例ではないでしょうか。

増田氏 おっしゃる通りで、最初に強いトップダウンがあったのは非常に良かったと私も思います。私はサステナビリティ戦略会議の立ち上げの際に今の部署に移ってきたのですが、会長から熱い思いを直に聞き、SDGsへの貢献と日立グループの成長という2つが、会長の中では完全にシンクロしているのを実感しました。

木村 SDGsを事業の中心に据えていくことへの御社の会長の強い意志は、外から見ていてもよく分かり、素晴らしいと思います。体制づくりに当たってご苦労された点などはありますか?

増田氏 当初、役員やBU長が集まり、サステナビリティやSDGsへの全社的な方針を社長が示したときには、とまどう様子も多く見られました。そこで後日、私の部門が各BU長を個別に訪ねて話し合いを深め、実務者会議をつくりたいので事業企画の本部長・部長クラスを出してほしいと依頼しました。それにより選出されたメンバーもまた、一人ひとり訪ねて回りました。
BU長や、事業企画の本部長・部長それぞれと直接話すと、実にいろいろな意見が出ましたし、温度差も大きかったですね。抵抗感を持たれることもあったと思います。ただ、それでも個別に対話を続けてきたことで、実務者全員と顔が分かる関係が生まれ、お互いにものを言いやすくなり、その後の活動の土台ができました。

社員のモチベーションを高め、いっそうの社内浸透を目指す

株式会社⽇⽴製作所 サステナビリティ推進本部 企画部部⻑ 増⽥典⽣⽒の写真です。
株式会社⽇⽴製作所 サステナビリティ推進本部
企画部部⻑ 増⽥典⽣⽒

木村 サステナビリティ戦略会議の発足から一年を経て、感じる手応えや変化はありますか?

増田氏 約30万人の日立グループ全体への浸透となるとまだまだこれからですが、役員やBU長、事業企画の本部長・部長の間ではかなり理解が進んできたように思います。また、日立は指名委員会等設置会社ですので、社外取締役が取締役会の過半数を占めており、良い意味で厳しい指摘を受けます。特に外国人社外取締役の目は厳しく、それも取り組み推進の大きなエンジンになっているように思います。さらに最近では、ESG 投資の流れなどにより外部からの要請も高まっていて、非財務の重要性が財務部門からも注目されるようになってきました。

木村 CSRやサステナビリティをめぐる近年の変化にはめまぐるしいものがありますね。活動を進めて行く上で、もし今感じられている課題などがあれば教えてください。

増田氏 今後に向けては、ミドル層にどう働きかけていくかだと思っています。役員やBU 長の間には意識が浸透してきており、一方で若い社員には、もともと本質的にサステナビリティの重要性を理解している人が多いように思います。プロボノ活動やCSRワークショップを開催すると、熱意を持って自主的に参加するのはミレニアム世代以降の若い社員たちです。
ただ、やはり取り組みの鍵を握っているのは経営層と若手層の間にいるミドル層です。事業の具体的な絵を現場で中心となって描いていく彼らが、サステナビリティ推進の意義を肚に落とし、長期的な視点から事業を考えていくことが欠かせません。

木村 おっしゃることは非常によく分かります。何かそこに向けた手立ては考えられていますか?

増田氏 以前、CHRO(最高人事責任者)と話した際に「評価制度を変えていくことがもはや不可欠」と言われたのですが、まさにその通りだと思います。評価制度というのは会社がどこに価値を見出しているかを示すものであり、それを変えずにいくら口で伝えても「企業人」であるミドル層を動かすことはできません。

木村 その点は、私も大変共感を覚えます。社員のモチベーションをいかに高めていくかということかと思いますが、御社のような大規模なグループでは特に、目に見える変化を起こしていくために人事考課は重要なのでしょう。
ボトムアップの施策としては、カシオでは毎年「サステナビリティリーダー・ミーティング」を実施しています。これは、社内の各部門からサステナビリティリーダーを選出してもらい、合計約100名を定期的に集めて集中的に教育することで、部全体で意識を高めていけるよう狙ったものです。御社ではボトムアップでの社内浸透はどのように進められていますか?

増田氏 社内にインフルエンサーをつくっていくというのは大変良いですね。当社でもBUごとに単発でのサステナビリティワークショップなどは開催しているものの、そうした定期的な取り組みは行えておらず、逆に参考にさせていただきたいです。

木村 サステナビリティリーダーには学んだことを持ち帰り、部内でフィードバックするように伝えていますが、そこでもやはり温度差があり、難しさを感じます。座学で学ぶのと、学んだことを正しく人に伝えていくのではまたレベルが異なります。制度としては整いつつあるので、そこでどう成果を出していくかが次の課題となっています。CSR を社員一人ひとりが自分事化できるような仕掛けづくりが大切なのでしょう。

SDGsへの貢献に向けた明確なコミットメント

木村 御社では今年5月に新たな中期経営計画を発表されていますが、それとサステナビリティ戦略との関わりについてもお伺いできればと思います。

増田氏 新中期経営計画では、社会価値・環境価値・経済価値の3つを重視することを掲げました。そのうち社会と環境の2つは非財務の価値で、これまでの中期経営計画にはなく、今回初めて盛り込んだものです。各BUはこれらを意識しながら事業をつくりこんでいく必要があります。非財務の価値を表現していくのは難しいところではありますが、社長からはできるだけ見える化・定量化を進めるよう指示を受けています。

木村 そのために何か具体的に取り組まれていることはありますか?

増田氏 全体的な整備はまだまだこれからですが、先行した取り組みが2つあります。1つ目は、設備投資にインターナルカーボンプライシング制度を導入したことです。日立グループ独自に炭素排出量に価格をつけることで、その投資によってCO2排出量がどのくらい削減できるか、または複数の選択肢がある際にどちらがより環境にやさしいかを測れるようにしました。
2つ目が、新規事業投資やM&Aの申請書の中で、「それはSDGsのどこに貢献するか」の記入を求めることです。記入内容そのものは定性的になってしまいますが、それにより事業の社会・環境価値を考えるきっかけとしてもらっています。とはいえ、これらはまだ部分的な取り組みですので、全体としてどう発展させていくかが大切だと思っています。

木村 SDGsへの貢献については新中期経営計画でも明確にコミットされていますね。現在の形になるまで、どのように検討を進められてきたのでしょうか。

サステナビリティ推進部 社会環境企画室 上席主幹 木村則昭の写真です。
サステナビリティ推進部 社会環境企画室
上席主幹 木村則昭

増田氏 日立はSDGsの17の目標のうち、11を取り上げています。逆に言えば、残り6つはあえて落としたということです。この選択には社内でいろいろ議論を重ねてきました。どれも大切だからといって「全部をやる」というのでは焦点がぼやけてしまいます。結果として当社では、「企業活動全体で貢献する目標」と「事業戦略で貢献する目標」という2つのレイヤーに分け、前者が後者を広くカバーする形としました。例えば水BUであれば、「目標6 安全な水とトイレを世界中に」に事業戦略で貢献するとともに、日立グループの企業活動全体で貢献する目標4、5、8、12、13、17も常に意識しなければなりません。

木村 2018年には世界初と呼ばれるSDGsレポートを発行されています。非常に興味深く拝見しましたが、これはどういった経緯で作成されたのでしょうか。

増田氏 実はこのレポートは、当初は社内向けの啓発ツールとして作成していたものでした。グループグローバル30万人の従業員にSDGsとは何か、日立グループはどのように向き合っていくかを伝えるとともに、SDGsにより広がるマーケットの可能性について書き示そうとしていました。最初は英語のみでつくっていたのですが、そのうちこれは社外向けの訴求ツールとしても有効なのではと考え、若干のリライトを加えて内外に使えるレポートとしました。レポート内で取り上げた事業事例については、事業企画のメンバーにも原稿作成に関わってもらっています。

木村 事業企画の方々も制作に携わったというプロセスは素晴らしいですね。自分たちの事業を言葉に表していくことが、より社内の意識を高めることにもつながったのではないでしょうか。

増田氏 おっしゃる通りで、完成したレポートは事業部からの引き合いが強く、日本語版・英語版を合わせて1万部分以上を発行することとなりました。特に、事業をお客様に説明するために使いたいという営業からの声が多く寄せられ、効果を感じています。
ただ一方で、「SDGsへの貢献」が上滑りした言葉になり、いわば「SDGsウォッシュ」になってしまわないよう注意が必要と思っています。重要なのはあくまで日々の仕事の中にSDGsを落とし込んでいくことで、その本質を見落としてしまってはなりません。対策としては、「SDGsコミュニケーションガイドライン」をつくってグループグローバルに配布しており、何か迷うことがあればすぐサステナビリティ推進本部に連絡するよう伝えています。また、SDGsは17の目標だけでは具体的な内容が分かりにくい側面もあるので、現場にはむしろ169のターゲットに目を向けて、きちんと理解するよう求めています。

グローバル企業として責任を果たしていくために

木村 もうひとつ意見を伺いたかったのが人権対応についてです。グローバルに事業を展開する上で、人権課題への取り組みは非常に重要ではありながら、難しい点も多いと思っています。特にバリューチェーンにおいて人権侵害が起きていないことを確認するため、御社ではどういう仕組みをお持ちでしょうか。

増田氏 「人権の尊重」は最優先で取り組む課題のひとつですが、その点についてはまだまだ道半ばというように感じています。バリューチェーンが非常に長いだけに、全世界の末端の末端までとなるとやはり目が届きにくいところが出てきてしまいます。私たちサステナビリティ推進本部だけでなく、調達本部とも密に連携して取り組んでいかなければなりません。

木村 カシオでも、一次サプライヤーだけで約1,000社とお付き合いがありますが、御社ではもっと大きな数でしょう。二次、三次となるとサプライヤーは途方もない数になり、バリューチェーンはさらに奥深くまで続いています。そのどこかで問題が起きた際には、大企業であるほど注目が集まりやすく、バッシングの対象になりやすいのも事実です。

増田氏 まさにその通りで、特にグローバルでは地政学的な問題が絡んでくることも多く、非常に複雑でハンドリングしがたい問題です。きちんと向き合っていくものの、網の目をいくら細かくしてもリスクを完全にゼロにはできません。それを踏まえて私たちにできるのは、最大限に予防に努め、いざ問題が起きたときには「日立はこのレベルまでこのように取り組んできている」ということが、外部に説明できるようにしておくことだと考えています。

木村 全く同感です。そうした整理は極めて大切で、日々地道に取り組み、その証拠を残していくというのがコンプライアンスの観点からも肝になってくると思います。
最後に、当社のCSR推進についてもご意見をいただければ幸いです。

増田氏 経営に組み込んだ社会貢献という点では、むしろカシオさんの方がよほど徹底されているように感じています。「創造 貢献」という創業時の理念から始まり、それをずっと事業の真ん中に据えて取り組まれてきています。創業者が長く経営されてきたことで理念がきちんと体現され、DNA として社員の皆さんに受け継がれた良い企業だと思います。

木村 そういう意味では確かに幸運な面もあると思っています。独創的な発明品で人々の生活を便利で豊かにしたいという創業者の思いは、そのまま本業による社会貢献という図式で語れます。カシオは今年で創業64年目ですが、当時はまだ世になかったCSR という概念に先駆けて、そうした考え方がビルトインされていたのだと思います。
より良いCSR推進に向けてまだまだ課題も多い中ですが、本日いただいたさまざまなお話を参考にしながら、マネジメントを強化していければと思います。本日は誠にありがとうございました。