途上国の子どもたちの数学力向上を目指して
~GAKUHAN活動におけるパートナーシップ~

「GAKUHAN」の名のもとに世界各国で製品を通じた教育貢献を続けてきたカシオ。バングラデシュでは、2016年より特定非営利活動法人e-Educationと協働し、関数電卓を活用した中学・高校生の数学力向上に取り組んでいます。現地の教育省や学校の先生たちを巻き込みながら、数学教育のあり方を変える大きな挑戦について、バングラデシュのGAKUHANを統括するカシオ・インディア社長・中 正男と e-Education の 代表理事・三輪開人氏による対談を行いました。

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e-Education代表理事・三輪開人氏とカシオ・インディア社長・中 正男の写真です。
左よりe-Educationの代表理事 三輪開人氏、カシオ・インディア社長 中正男

バングラデシュという教育市場に取り組む難しさ

――協働をスタートするまでのカシオとe-Educationそれぞれのバングラデシュにおける歩みとは?

三輪氏 e-Educationは途上国の教育支援を行うNPOで、バングラデシュでは2010年から活動を続けてきました。バングラデシュで圧倒的に多いのが、中等教育はなんとか修了しても大学には進学できないという家庭です。受験に備えるための教育機会がない、あっても莫大な費用がかかることが多くの生徒の壁となっています。けれど彼らは家族を幸せにするためにいい仕事を得たいし、そのために大学に行きたい。そうした中、私たちは農村地域に暮らす貧しい高校生たちに映像教材を提供し、大学受験をサポートすることを軸に事業を展開してきました。

 カシオは、長年アジアで教育貢献を続けてきましたが、バングラデシュは拠点がなく、十分な取り組みができていなかったエリアです。教育に関する現地の情報がそもそも乏しく、どのようなアプローチが効果的かを見極められずにいました。しかも現地の学校には、カシオの関数電卓をコピーした模倣品が当たり前のように普及しているという当社にとっては非常に難しい市場でした。

――協働はどのような形で始まりましたか?

 当社の社員が、ホームページを通してe-Educationさんに連絡したのが最初のきっかけです。バングラデシュの教育事情を把握した上で取り組みを進めるために、人脈と知見をもった団体の力を借りることは不可欠となっていました。私自身も20年前から隣国インドを拠点に活動してきましたが、e-Educationさんとは直接のお付き合いはなかったものの、バングラデシュの受験生をサポートする団体として名前は伺っていました。

三輪氏 最初に問い合わせをいただいたときは正直驚きましたね。というのも、バングラデシュの中学・高校ではすでに「CASIO」の関数電卓を大半の生徒が使っているのです。私たちよりむしろ、カシオさんの方がバングラデシュの教育市場には詳しいのではと思いました。しかし話を伺うと、生徒たちが使っている製品のほとんどが偽物だというのです。

 残念ながらそれが事実です。模倣品はすぐに壊れたり、鉛など健康リスクのある材料が使われていたりなど、ユーザーを知らないうちに被害者にしています。メーカーとしては当然そうした状況を放置できず、模倣品にいかに対策を打つかも深刻な課題としてありました。

三輪氏 意見交換させていただいたGAKUHANチームの方からは、「バングラデシュの教育制度をきちんと理解し、いろんな人を巻き込んで教育レベルを上げていきたい」という姿勢が伝わってきました。実際、カシオさんは既に世界各国で「民間の力で子供たちの学力向上に貢献する」という実績を残されてきていて信頼できましたし、そのやり方には共感が湧きました。カシオさんが抱える「現地の教育制度がわからない、教育省へのアプローチ方法がつかめない」という悩みは、私たちが最初にバングラデシュで事業を始めた時と同じものです。試行錯誤を重ねて一度は通ってきている道なので、それであれば力になれると考えました。

関数電卓を通して数学教育に寄与する3つの挑戦

e-Education代表理事・三輪開人氏の写真です。

――カシオとe-Educationがパートナーシップのもと行った具体的な事業内容についてお伺いします。

三輪氏 2016年より3つの事業を展開してきました。1つ目が、関数電卓の使い方や指導方法をまとめたサポート教材の作成です。2つ目が首都ダッカのすべての中等教育の学校を集めた関数電卓のワークショップ、3つ目がワークショップに参加してくれた一校一校を訪ねての先生たちとの関係強化です。

 これら一連のプロジェクトにおいては、「CLASSWIZ」というカシオの最新型の関数電卓を採用しました。「CLASSWIZ」は、当時バングラデシュ国内に広がっていた当社の旧式の模倣品と比べ、教科書通りの数式を表示できたり、表計算に対応したりなど、できることの幅を飛躍的に広げた製品です。高精度表示をはじめ、ハード面でさまざまな工夫を凝らした「CLASSWIZ」はコピーしにくく、模倣品対策としても有効と考えました。

三輪氏 大学進学を考える現地の中学生・高校生にとって、関数電卓は不可欠なツールです。バングラデシュの受験制度は日本とは少し違い、中学・高校の卒業試験の合計点が大学の合否に影響してきます。試験では関数電卓の持ち込みが認められていて、関数電卓をうまく活用しない限り十分な成績がとれません。より良い関数電卓を正しく使うことが極めて大切ではありながらも、実際には多くの学校がその指導に行き詰まっていたのです。そこに対するサポートとして今回進めたのが「CLASSWIZ」をモデルにした教材作成であり、ワークショップの開催でした。

 教材作りでは、e-Educationさんが培ってきた知見とネットワークを全面的に発揮してくれました。e-Educationさんの現地パートナーの講師の方々が現行の教科書を徹底分析した上で、「これ一冊あれば先生たちは関数電卓を使った効果的な授業ができる」という高品質な教材を完成させました。これは100%教科書に準拠し、現地のベンガル語で書かれたものです。

三輪氏 2つ目の関数電卓を使った数学のワークショップは、公立・私立を合わせたダッカ内の全450校から1200名の先生たちを集めた大がかりなものでした。きめ細かくサポートするため、1回あたりの参加者を最大30名程度に抑え、6カ月をかけて40回開催ですべての学校に参加いただきました。このワークショップは、バングラデシュの教育省と数学の有識者団体Bangladesh Mathematical Society(BMS)から公認を受けた初のプログラムとなりました。

 ワークショップに立ち会って驚いたのは、先生たちの熱心さです。自身の休日を返上して参加し、ほんとうに熱意を持って講演を聞く様子が伝わってきました。若い先生が多かったこともあり、これから自分たちで国を良くしていこうという情熱を感じましたね。現在は、3つ目の取り組みとして、GAKUHANチームとe-Educationさんが一緒になって各校を回り、今後に向けた継続的な支援を進める段階です。教育現場を訪ねると、先生だけでなく生徒たちもまたいかに意欲的に勉強しているかが分かり、途上国のエネルギーを感じています。

民間企業とNPOが協業してこそ生まれた変化の波

中社長の写真です。

――事業を推進する上ではどのような苦労がありましたか?

三輪氏 教育省に「民間企業の製品の宣伝とは何が違うのか」を理解してもらうまでには、やはり時間と労力がかかりました。e-Educationのこれまでの事業でかかわりがあったBMSとまず対話を重ね、カシオさんのGAKUHANの意義を理解してもらったのちに、BMSと一緒に教育省を訪ねるというステップが欠かせませんでした。最終的には、教育省もBMSも「バングラデシュの地方の高校生の大学受験を長年支援してきたNPO」として私たちを信頼してくれたのだと思います。

 教育省の名のもとでダッカ内の全学校に参加を求めるだけに、公平性の観点から民間企業の名前を出さないことが条件となっていました。ワークショップ開催は、現地に根を張る非営利団体のe-Educationさんとのコラボレーションがあってこそ実現できたことで、当社単独では不可能でした。

三輪氏 その一方、これだけの大規模プロジェクトになると、私たちだけでは到底財源を確保できません。大企業であるカシオさんが開催にかかるコストを負担してくれたからこそ、「資金的にほんとうに実行可能か」という懸念を教育省に与えずに済みました。民間だけでもNPOだけでもできないことを、お互いが補完し合うことで初めて成功に導くことができた好事例になったと思います。

――開始から1年を経ての進捗や、振り返って感じることをお聞かせください。

 ワークショップ開催以後、学校現場では「CLASSWIZ」を使った新しい数学の授業が進んでいます。今までほとんど未開拓だった市場に、1年という短期間でこれだけ大きな変化が起きるのは他国でのGAKUHANと比較してもまれなことです。e-Educationさんをはじめ、教育省やBMSとの連携と、それをベースにした地道な活動がいかに重要であったかを実感しています。

三輪氏 他方で模倣品対策の難しさも感じますね。1年前には存在しなかった「CLASSWIZ」の模倣品が、すでにバングラデシュでは巷に広がってきています。英知をしぼった製品であっても、一度世に出ると簡単にコピーされてしまうというのが、世界のモノづくりのスピードなのかもしれません。

 模倣品が広がるのは、メーカーとして残念なことではあります。ただ別の見方をしたとき、当社の模倣品までもがこれまでの旧式から「CLASSWIZ」をまねた新式に移行してきているというのは、ある意味ですごいことです。模倣品さえ巻き込んだ変化が教育市場に起こり、数学教育の新しいスタンダードが生まれつつあります。

三輪氏 ワークショップに参加した先生の多くはカシオさんに感謝し、カシオファンになっています。これは今後、模倣品ではなく本物のカシオ製品を使いたいという人が増えることにもつながるでしょう。先生たちの間には、「カシオの関数電卓を使うことで、カシオは今後も優れたプログラムを提供してくれるのではないか」という期待が広がっています。すぐに成果が出るようなものではないかもしれませんが、より多くのカシオファンをつくっていくこともGAKUHANでは重要なのだと思います。

教育課題を解決する「手法」の創造で、途上国に貢献する

教育課題を解決する「手法」の創造で、途上国に貢献する写真です。

――GAKUHAN事業は、バングラデシュにどのような価値を提供できると考えますか?

 バングラデシュに限らず、関数電卓は現在、世界で子供たちの数学力向上を支えています。「計算を速く正確に解く」部分にはPCや電卓などのテクノロジーを利用し、論理的思考や問題解決力を高めることに主眼を置くのが、今日の数学教育のグローバルな潮流です。そして、数学は科学やITなどさまざまな産業の基本となっていて、国力を高めるために重要なもの。途上国の子供たちが関数電卓の活用によって数学力を伸ばし、将来国を支える人材として活躍するのであれば、それほど素晴らしいことはありません。

三輪氏 今回のGAKUHAN事業は、「民間企業が教育現場を変える」というバングラデシュ史上おそらく初めての試みです。途上国では教育の場に民間がかかわることが避けられてきており、学校と企業が協力して何かを行うという習慣がありませんでした。しかし、先進国では企業と学校の連携は当たり前で、日本の歴史を見ても企業が教育改革に大きな役割を果たしてきています。また、今回バングラデシュの各校を訪問した際に「カシオが自分たちの学校に来てくれた」とたくさんの先生が喜び歓迎してくれたように、現場の先生たちにもほんとうはもっと企業と協力して教育を良くしていきたいという思いがあるのです。今回の事例は、バングラデシュの教育史を変えるものを言って過言ではなく、カシオさんはその中心にいます。これはほんとうにワクワクするような大きな社会貢献だと思います。

 プロジェクトに携われることが私自身も嬉しく、やりがいを感じています。寄付などとは異なる「事業を通した貢献」だからこそ、永続的な活動もできます。バングラデシュは現在まだ発展途上にある国ですが、20年後、30年後の成長に向けた一助となれるよう支援を続けていければと思います。

――今後、どのように取り組みを深化させていきますか?

 まずは首都ダッカでの地道な取り組みを続けて教育現場との連携を深め、事業モデルを確立することが大切だと思っています。その後はダッカ以外の都市にも活動の場を広げ、徐々に地方にも拡散していきます。

三輪氏 現在提供しているのは紙の教材のみですが、今後は関数電卓の使い方をより分かりやすく視覚的に伝える映像教材の製作なども考えられますね。模倣品対策という観点でも、ハードウェア単体だけで模倣品と競っていてはだめなのでしょう。自分たちの利益しか考えない模倣品業者に対して、私たちは製品とサービスを組み合わせた「教育支援」のソリューションで対抗していく必要があります。関数電卓を最初の入り口に、各学校が抱える教育課題に寄り添い、トータルで教育レベルを上げるような活動に広げていくことが欠かせません。

 まさにその通りです。カシオはもともと、電卓や電子楽器など時代を先取りした多様なモノを「0→1」でつくって世の中に貢献してきた会社です。時代が移り変わった今、私たちに求められるのはモノづくりの枠を超えたところにあると実感しています。「創造 貢献」の経営理念のもと、課題を解決する手法そのものの創造によって、社会に貢献していかなければなりません。

三輪氏 GAKUHAN事業はまさに貴社の「創造 貢献」という経営理念を体現されているのでしょう。さらにGAKUHANの取り組みは、今日国際社会が最重要視するSDGs(持続可能な開発目標)とのつながりでも高く評価できるものです。SDGsには目標4に「質の高い教育の提供」があるだけでなく、目標17に「パートナーシップによる目標達成」が掲げられています。カシオさんのGAKUHANは、SDGsが定められるはるか以前から世界で展開され、各国の教育省や現場の先生たちを巻き込みながら、より良い教育づくりに貢献してきました。この点では、世界がようやくカシオさんに追いついたともいえます。私たちもまた、貴社とのパートナーシップを大切に、取り組みを継続していきたいと思います。

e-Education代表理事・三輪開人氏とカシオ・インディア社長・中 正男の写真です。