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「光る鍵盤」は、こうして生まれた。当時の開発者が語る、誕生の記憶 ―原点編―

2026年10月8日


「鍵盤を光らせる」。今では当たり前のように感じるその発想が、かつては誰もやったことのない挑戦でした。1996年、カシオは光る鍵盤をピアノの鍵盤とほぼ同じサイズのキーボードに初めて搭載した「CTK-520L」を発売。その誕生には、どんな思いと苦労があったのでしょうか。当時の開発を担った2人に話を聞きました。

カシオ担当者2名の写真

サウンド・クリエーション事業部 設計開発統轄部 開発部 松本光広:電気回路設計・システム設計を担当
サウンド・クリエーション事業部 設計開発統轄部 設計部 富田巌:鍵盤素材・LED選定・鍵盤設計を担当

CTK-520Lの画像

CTK-520L(1996年)― 光ナビゲーションキーボード1号機

「弾けない」という壁を、どう越えるか

カシオが電子楽器市場に参入した1980年代、電子キーボードは家電量販店に並ぶようになり身近な存在になりました。しかし2人が入社した頃、開発の現場にはある課題が横たわっていました。

― 当時の音楽教育の状況をどう見ていましたか。
松本:楽器が身近になっても、「弾けない」という状況は変わらなかったんです。音楽を始めようとすると、ピアノ教室に通うか、楽譜で独習するかの二択。どちらも始めるための"気合"のようなものが必要でした。そのハードルを下げることが、私たちの課題でした。

富田:我々が育った昭和の時代は、ピアノを習うとなればアップライトピアノを買って、先生のところへ通うのが当たり前でした。それって、相当な覚悟が必要なことですよね。もっと気軽に入ってこられる入口が必要だと感じていました。

「すべての人に音楽を奏でる喜びを」──この理念のもと、「光で演奏を導く」発想はカシオが楽器事業に参入した当初から存在していました。1981年の「Casiotone(カシオトーン)701」には、鍵盤の根元のLEDが次に弾く鍵盤を示す「メロディガイド機能」がすでに搭載されていました。1991年の「CT-840」では鍵盤上方に五線譜を印刷しその上にガイドランプを配置して、演奏ガイドと譜面学習を同時に実現。「光で導く」アイデアはさまざまな形で進化を続けていました。

Casiotone 701の画像

Casiotone 701(1981年)

CT-840の画像

CT-840(1991年)

CT-840の画像

五線譜とガイドランプが弾く場所を教えてくれる

松本:基本的な発想は、参入当初からあったものだと思います。私たちはその流れを受け継いで、さらに進化させました。

根元のLEDを見て、鍵盤を見る煩わしさ――発想の転換が生んだ光る鍵盤

「鍵盤の根元を光らせる」から「鍵盤そのものを光らせる」へ。その転換のきっかけは、ユーザーの小さな不便さにありました。

富田:入社した頃から、LEDナビ付きのモデルは存在していました。でも使っていると、根元のLEDを見て、鍵盤を見て、また根元を見て……という視線の行き来が、やっぱり煩わしいんですよね。だったら、直接鍵盤を光らせてしまえばいい。見るべき場所が一つになる。それが自然な発想の流れでした。

松本:シンプルな発想ですよね。でも実現するためには誰も踏み込んだことのない素材開発の領域に挑む必要がありました。

「明るく、美しく光る」――素材開発の試行錯誤

光る鍵盤の素材開発を担ったのは富田さんです。「明るく、美しく光る白鍵と黒鍵をつくること」がテーマであることは明確でしたが、その実現は一筋縄ではいきませんでした。

富田:鍵盤に求められる強度や、熱で変形しない、薬品に強い、傷がつきにくい……といった条件を満たしながら、LEDの光を透過できる素材を探すところから始まりました。鍵盤の下にあるLEDの光を、鍵盤全体が光るように拡散させる加工も必要でした。鍵盤らしい色を出すために着色剤を加えれば光が通りにくくなり、光を均一に広げる成分を加えると今度は暗くなってしまう。「明るく、美しく、均一に」という3つを同時に満たすバランスを見つけるために、数十パターンもの試作を繰り返しました。ひたすらトライ&エラーの日々でしたね。松本さんには「もっと明るくしてくれ」とよく言っていました(笑)。

カシオ担当者の写真

松本:光を強くするには電流を多く流せばいいんですが、やり過ぎると部品が壊れてしまう。壊れない範囲でギリギリのラインを探るのも、大事な仕事でした。富田さんの要求に応えたくて、必死でした。

富田:隣の鍵盤に光が漏れないよう適切なLEDを選定したり、内部に仕切りを設けるなど、構造面にも工夫を重ねました。白鍵の先端は広い面積で、黒鍵の先端は立体的に、それぞれきれいに光るよう、そこにもこだわりました。機能だけじゃなく、鍵盤としての美しさは絶対に譲れないところでしたから。

コラム:光る鍵盤は、どのように光っている?

鍵盤そのものを光らせるために、鍵盤の素材には透明な樹脂をベースに、色をつける顔料と、光を均一に広げる光拡散剤を配合しています。この3つの混合比を変えながら、光の量と色合いがベストになる配合を繰り返しテストして導き出しました。この素材の調合割合は特許を出願しました。

LEDから出た光が、光拡散材の粒子に当たって乱反射するイメージ画像

LEDから出た光が、光拡散材の粒子に当たって乱反射するイメージ

コスト、電池寿命、明るさ――「当たり前」をすべて実現する

素材と並行して、電気回路設計を担当した松本さんにも難題が立ちはだかっていました。

松本:鍵盤は真っ白で、明るく光って、たくさんの鍵盤が同時に光って、電池も長持ちして、しかも一般のキーボードと同じくらいの価格で──。それを全部実現しろと言われるわけです(笑)。

すべての条件を満たすために設計を必死で考えました。コストを抑えるために、61鍵すべてを並列に配線するのではなく、マトリックスで組み合わせることで配線数を減らしました。明るさを保つため、電流は部品を壊さないぎりぎりのレベルまで高めました。設計上、同時に点灯できるのは4灯までという制約があったので、メロディを点灯、コードを点滅で表現することで、同時にナビゲーションできるようにしました。一見すると妥協と思われるかもしれませんが、これは「ユーザーの願いを高いレベルでまとめ上げる工夫」だったと思っています。この姿勢こそ、受け継がれてきたカシオのDNAではないでしょうか。楽譜が読めなくても、誰もが気軽に音楽をはじめられる。「すべての人に音楽を奏でる喜びを」という理念を具現化した、一つの集大成だと私は思っています。

カシオ担当者の写真

発売後の反響――届いた「弾けた」の声

1996年、CTK-520Lが発売されると、各地のユーザーから反響が届き始めました。

松本:愛用者カードには、今まで演奏に触れられなかったお子さんやお年寄りの方々から、たくさんの声が届いていました。バンド仲間から「娘に買ったんだけど、玩具だと思ったらすごくいい音で驚いた」と言われた時は特に嬉しかったです。玩具ではないという自負はあったので、ちゃんとそう伝わっていたことに、安心しました。

富田:ある小学生の子が愛用者カードに「光鍵盤で好きな曲が弾けるようになった」と書いてくれていたんです。あの一言は、今でも覚えています。数年後、競合他社が参入してきた時も驚きました。それだけ市場への影響が大きかったんだなと、改めて実感しました。

30年後の今、当時の開発者が思うこと

あれから30年。光ナビゲーションキーボードは、脳活機能を搭載した最新モデルLK-550へと進化を続けています。

松本:30年続いたということは、普遍的な必要性があったということだと、改めて感じます。開発当初は想像もしなかった「脳活」という領域にまで広がりを持つようになって、嬉しく、ちょっと誇らしい気持ちです。

富田:ゲームも動画配信も、楽しいコンテンツがあふれている時代ですが、やっぱり楽器の世界に入ってきてほしい。もっともっと進化させていきたいと思っています。

カシオ担当者の写真

――最後に、30年間愛用してくださったユーザーの皆さんへメッセージをお願いします。

松本:ご愛用くださった皆さんは、光ナビゲーションキーボードを育ててくれた方々だと思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。これからも、音楽を奏でる喜びに触れる第一歩として、光ナビゲーションキーボードが皆さんのそばにあり続けられれば嬉しいです。

富田:30年という長きにわたりご愛顧いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

光る鍵盤を追いかけるだけで、曲が弾ける。その体験の裏側には、「すべての人に音楽を奏でる喜びを」という変わらぬ想いと、それを実現するための地道な試行錯誤がありました。 30年前に灯された小さな光は、今日も世界中の誰かの「はじめての一音」を照らし続けています。

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光ナビ30周年を記念したSNSキャンペーンを開催中です。思い出の機種やエピソード、弾いてみたい曲など、あなたの「光ナビゲーションキーボードの思い出」をぜひ教えてください。
光ナビ30周年 キャンペーン

本記事は、光ナビゲーションキーボード30周年を振り返る2本シリーズの後編です。前編では、歴代モデルの変遷と現在の企画担当者が語る「受け継がれる想い」をお届けしています。あわせてご覧ください。


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